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沈黙とともに書く−アルノー・リクネール氏の講演を聞いて考えたこと

少し前のことになるのだけれど、アンスティチュ・フランセで開催されたイベントに参加した。そのイベントは、フランス人小説家アルノー・リクネール(Arnaud Rykner)氏の講演会だ。

恥ずかしながら不勉強で、アルノー・リクネール氏のお名前を存じ上げず、作品を拝読したこともなかったのだけれど、『沈黙とともに書く』という講演タイトルにひかれて参加を決めた。現代日本の都市空間で生活する私には、圧倒的に「沈黙」が足りないというかねてからの自覚があったためだ。

『私たちと世界との、そして他者との関係はもっぱら沈黙の中にしかない。そして恐らく、逆説的にも、言語活動が私たちを世界と他者から切り離しているのである。だからこそ、書くということは、「パロール(話される言葉)」が言語のわずかな物音に帰してしまうことを妨げるために、「パロール」の中にいくらかの沈黙をしまい直すこと、ほとんど肉体的に沈黙に向きあうことに努めることなのであろう。』–アルノー・リクネール

 

個人的な話になるけれど、私はつい2週間ほど前に本格的にTwitterを始めた。この期間内に、たまたま大きな国政選挙があった。興味深いツイートを発信している方が炎上を苦にしてアカウント閉鎖に追い込まれる姿も目の当たりにした。

140文字の言葉たちが、誰かの意見を声高に主張し、玉石混交の情報を人々に伝える。時には根も葉もない噂や、誤解や偏見からくる激烈な誹謗中傷の石つぶてが投げつけられもする。良くも悪くも、溶けた鉄がドロドロの液状のまま、燃え盛る火花を撒き散らしながら、その熱が冷めないうちに流れていくような、Twitterとはそういうメディアなのだろうと思う。

言葉というのはつくづく不思議なものだ。それは確かに、伝えるためになくてはならないものなのに、同時に、伝わらなくするための機能も併せ持つと言わざるをえない。

思考なり感情なりが芽生えてそれらを言葉に置き換えるとき、無形の声なき声に意味が与えられ、この世に確固たる存在を放つ。それは言葉が持つ力のおかげだ。でも同時に、その言葉が、思考なり感情なりの意味を限定的なものに閉じ込めてしまう。荒々しく活き活きとした生命力を持つ“言葉以前”のものが、言葉によって死に至らしめられる。さながら、ピンで刺し止められたモルフォ蝶の標本のように。

そんな中、私は自分が幼い頃から絶望的に「沈黙」を必要としてきたことを思い出す。

誰かと会話しているとき、初対面の相手などの場合は特に、「沈黙」が訪れると、何か気まずい感じがして、慌てて言葉を探してわらをも掴む思いで言葉を手繰り寄せてしまったという経験はないだろうか。私はよくある。人見知りで、口下手で、隠れコミュ障の私には「沈黙」は恐れるべき対象だったから。でも、考えてみると、それは会話における場合に限られている。

書く場合には「沈黙」は歓迎すべきものだ。というより、「沈黙」なしに人は書くことができるのだろうかとすら思う。常に外部からの刺激や情報、他人の思惑などに晒されて、過剰な配慮と裏読みだらけの心理戦により頭の中はたいてい騒々しくけたたましい。文明社会で生活するということは、そういうものだと半ば諦めてもいる。だからこそ、言葉と言葉以前のはざまにある空間で、人は、一度、自分を黙らせる必要があるのだと思う。

リクネール氏の言葉でとても印象的だったのが、「言葉を掘り直して沈黙の層に到達すること。それは世界ともう一度つながること」というもの。

書くためには沈黙して思考するプロセスが不可欠で、少なくとも私にとって、その過程は、自分自身という仄暗い森の深奥に踏み分けて入るような探求の旅だ。その旅路には、神話の法則のように死と復活、そして帰還がある。

私は書くことを通じて、聖杯を見つける騎士だったり、自らを火にくべて灰の中から再誕生する不死鳥のような感覚を確かに得ていた。それはおそらく、リクネール氏がいうところの「世界ともう一度つながること」と同義だ。それこそが、私の生きる歓びだったし、今も変わらずに歓びであり続けている。

その脆さや不完全さ、そして矛盾までも含めて、やはり私は言葉の力を肯定したい。その力を熟知するからこそ、瞬発力と殺傷力ばかりが売りの凶器なんぞにしてなるものかと思う。話すことができないことについては、沈黙が必要だ。沈黙とともに書く言葉を通してつながれる世界がきっとある。

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