このままでは死ねない!

昨日の夜、眠りにつきながら、唐突に「このままでは死ねない!」という感情が爆発しました。消灯して目を閉じていた瞼の裏に、鋭角の稲妻の閃光が走ったほどです。

「私は、もうこんなに長く生きているのに、まだ為すべきことを成していない!」という気持ちが強く湧いて眠れなくなりました。

稲妻 写真

もう何年も前から「べき・すべき」は、可能な限り手放そうと試みていて、常識や道徳や社会通念からくる「べき・すべき」からだいぶ自由になりつつあるという自負はあるんです。

でも、この「為すべきこと」はそういう類の「べき」ではありません。生まれる前に決めてきた神様との約束であり、自分自身との約束という感覚です。

そしてそれを果たせていない。。。

そんなヒリヒリした感覚で書いていたら、実際に右手や左足がヒリヒリしてきました。心と身体ってつながってるんだっていうことが我ながらとてもわかりやすい素直な身体です!(笑)

焦燥感 写真

思い返すと、過去にこのような足の裏がジリジリするほどの焦燥感を味わった体験が2度ありました。

1度目は最初のメンターと出会い、世界を見つめる私の目のレンズをかけかえた時。

2度目は突発性難聴に始まり、様々な体の部位に移動して勃発し続ける原因不明の症状と薬の副作用に苦しんでいた時期に受けたドクハラにブチ切れた時。

どちらも、私のターニングポイントといえるような大きな変化のきっかけだったので、今回も大きな変化の前兆のような気がしています。

ただひとつ言えるのは、この焦燥感とともに駆け出したら転ぶ(笑)。

焦らず急げ。ということです。
そして、守られているがゆえに止められる。
だから、急がば回れ。でもある。

なんとなく、鍛えられそうな予感がして、楽じゃないなー(笑)。

でも、自分自身をごまかせないことは自分がいちばんよくわかっているので、泥臭く行きます。

何はともあれ足を前に出す時なのだと思います。
右足を出したら、左足が出て、歩行が続いてゆくのだから。

そんなスタートを切った春分の日でした。

はじめの一歩 写真

article no. 006

金色の人、鳥の声、そしてケツァルさん

春の大三角といえば、うしかい座のアルクトゥルス、おとめ座のスピカ、しし座のデネボラのことですが、個人的な春の三重苦といえるのが「確定申告」「花粉症」「(花粉症がトリガーとなって発症する)気管支炎」です。。。

そんな風物詩的な苦しみを乗り越えてうれしいものが届きました。

そ・れ・は…
自分が描いた絵で作ったポストカードです!

ケツァル ポストカード

2017年、やりたいことを100個あげよう!と思いついて作ったリストの中に「自分で描いた絵でポストカードを作る」という夢を加えていたのですが、それが実現しました。絵の上手下手はさておき(笑)、素直にうれしい♪です。

私は日常的にたくさんの絵を描いているわけではありませんが、絵は子どもの頃から描くのも見るのも大好きです。そんな自分が描いた絵の中でも一等気に入っているものをTVCMでもおなじみのラクスルでポストカードにしてみました。

専門的に絵を描かれていて美術印刷などにこだわる方にはクオリティ的にはおすすめできないかもしれませんが、個人の趣味の範囲の私にはまったく問題ない仕上がりでした。ことのひとひらのお届けでも使わせていただくことがあるかもしれません!

たまに尋ねられることがあるのですが、今日はこの一等気に入っている絵に描かれている存在についてお話したいと思います。

目に見えない存在に守られている感覚を感じたことはありますか?

私はよくあります。そして、そういう存在は、ご先祖様や亡くなった近しい人たちである場合もあるし、人間の形をとったことのない存在の場合もあると感じています。

そんな目に見えない存在で、私にいろいろなことを教えてくれているガイド・スピリットのひとりを視覚化してみよう! と思って描いたインスピレーション・アートともいうべきものが、この絵でした。

最初は絵全体の色味から「金色の人」と呼んでましたが、ある時、思いついて「あなたの名前を教えてください」とお願いしてみたところ、夜中の2時だか3時だかという深い時間帯だったのですが、高くて美しい人間語では発音できない宇宙語のような音が聴こえました。

もちろんリアルな聴覚ではなくてシュールリアルな聴覚で聴いたわけなんですが、まるで熱帯の鳥の鳴き声のようだなー、と思い、それからしばらくは「金色の人」改め「鳥の声」と呼んでいました。

ある日、TVを見ていたら、ケツァルというグアテマラの国鳥の映像が流れました。

ケツァル出典:http://www.latinamericanstudies.org/

その瞬間、なぜか「あ、鳥の声だ!」と直感的に感じ、その日からこの存在のことを「ケツァルさん」と呼ばせていただくようになりました。

ケツァルという鳥は、手塚治虫の『火の鳥』のモデルになった鳥だそうで、その姿を見た者には永遠の幸福が訪れるといわれているほどなかなかお目にかかれないそうです。

古代アステカではケツァルは農耕神ケツァルコアトルの御使いとされていて、この鳥の美しいエメラルドグリーンやターコイズ、赤、紫など色とりどりの羽を身につけるのは古代アステカの最高位の聖職者と王様にだけ許された特権でした。

実はこのケツァルコアトルはマヤではククルカンと呼ばれている金星の神様です。この絵全体のこれでもか!と言わんばかりの金色、しかも、絵を描いた後に知ったのですが、左上に描かれた星もマヤやオルメカ文明の金星を表す象形文字(下図)と似ていました。

金星 象形文字 画像
出典 Mayan Glyphs on Georgia, Florida Pottery?

この絵を描いた時、なぜそうしたかったのか自分でもわからないのですが、ケツァルさんの輪郭を金色で縁取り、その上にわざわざ糊で金粉をつけて、後光的なものを表現したのですが、金星との関連を知り「だからだったのか!  なーるーほーどー!」と合点がいきました。

今日の記事は隠れコミュ障とも知・在・愛(汝自身を知れ・汝自身で在れ・汝自身を愛せよ)とも無関係のあやしいスピリチュアル・ブログな感じですが、わりと、こういうことが、私の身の回りには溢れていたりもするので、あえて赤裸々(?)に書いてみました。

「uniちゃん怪しすぎる!」と嫌われてしまうかもしれませんが、それでも、自分の中から出てきたものを表現する、ということは、自分を大切にすること、自分を受容すること、につながるものだと思います。

自分の中に在るものを絵や文章や写真などで表現したり、自分が「やってみたい!」と思ったことを実現していく行動は、「自分大好き❤️」になる方法の実践のひとつの形なので、もし、何か感じていただけたら、ぜひ、あなたにとって大切なことを行動に移してみてくださいね。

最後にかわいいケツァル(鳥のほう)の映像をどうぞ♪

article no. 005

名古屋が思い出させてくれたこと

今から10数年前のこと。

社会人になって数年めだった当時の私は、趣味で作った個人ホームページを運営していました。

自分で撮った写真と、本・映画・音楽・美術作品etc.の感想、そして日記がメインコンテンツでした。

何者でもない名もなき社会人の個人ホームページです。今なら、ゴミ扱いされてしまうかも!?(笑)

それでも、どこで見つけてくれたのか、私の「好き❤️」をただ集めただけのホームページに、チラリホラリと立ち寄ってくれる人たちが現れて、だんだん定期的に訪問してもらえるようになりました。

今となっては懐かしい掲示板も設置してたのですが、毎日必ず数件の書き込みがあるという、個人ホームページとしてはそこそこ活況を帯びたといえる状態でした。

もちろん、私も毎日コメントに必ず返信をしていて、掲示板だけでなく個別メールでじっくりトークを繰り広げることもあれば、月に一度みんなで時間を決めて気ままにチャットするイベントも開催していましたっけ。

そんなコミュニケーションを重ねてゆくうちに、いつしか常連ユーザーさんたちをとても近しい存在に感じるようになっていって、今思うと、その場所が、そしてその人たちが、私の「居場所」になっていきました。

ある日、愛知県に住む親戚を訪れることになり、「もし都合があえば、名古屋で会いませんかー?」と呼びかけてみたんです。

そうしたら、なんと、愛知・岐阜から計4名の方々が、集まってくださいました!

 

名古屋在住の方が、テレビ塔の中にあるフレンチのお店を予約してくださって、みんなでランチコースをいただいて。

はじめはみんな初対面だからもじもじ緊張しながら、だけど、掲示板で毎日心の交流をしていたから、打ち解けるのにそんなに時間はかからなくて、みんな偏りなくおしゃべりして、楽しい時間を過ごしたことが思い出されます。

これってまさに、最近流行りのお茶会・ランチ会ですよね! 当時はオフ会(オタクっぽい…笑)って言ってましたけど(笑)

今の私が「名古屋でお茶会しまーす!」って声をかけても、正直、4名も集客できる自信はありません。

なぜなら、上に書いたような親密なコミュニケーションづくりができていないから…orz。

ただ…、10数年前にはできていた。何者でもない、ペーペーの社会人の私でも。

ただ自分の好きなものを「好き❤️」と発信しただけで、同じものを「好き❤️」と感じてくれた人や、興味をもってくれた人が、受信してくれたんですよね。そして、そこから交流が生まれた…。

なんか、すごくなーい?!
って、思い出しながら、自分で感動てしまいました。

ビジネスだろうと趣味だろうと、人間関係の始まりって、信頼関係の芽生えって、こういうことから始まるんだよね!と。

私が欲しかったのは、爆速で売れっ子になるようなカリスマ的なサクセスではなくて、小さなレンガをひとつずつ積み上げてお気に入りの家を大好きな人たちと一緒に建てる、みたいな、そんなようなことだったのだ!と。

(あ、爆速で飛翔されてるカリスマさんも素敵だと思いますよ!)

当時の私は、自分で自分のホームページを運営することによって、間違いなく「居場所づくり」をしていました。

私は、いま、ここにいます。

まだ生まれたばかりのサイトですが、MANO A MANO が私の居場所です。

いつか、ここが、そして私が、あなたの居場所のひとつになれますように。

いらっしゃい。
そして、おかえりなさい。

article no. 004

uniちゃんのお話 vol.2 〜活動名のひみつ〜

二度目まして。unicoです。

“隠れコミュ障さん”が自分大好き❤️になれるお手伝いをしています。

自己紹介シリーズ「uniちゃんのお話」の第2回目は、活動名についてお話したいと思います。

第1回目が未読だわ!というアナタはこちらから

まずはじめに、よく尋ねられるのが読み方です。

unico と書いて「ウニコ」と読みます。ちなみに某インテリアショップとは無関係です(笑)

unico はスペイン語やイタリア語で「唯一の」とか「かけがえのない」という意味をもつ単語です。 英語でいうところの unique (ユニーク)とおんなじ。

ユニークというと、日本語だとなぜか「ユーモラスでひょうきん」というようなニュアンスで使われることが多いんですが、語源的には「この世にたったひとつしかない、唯一無二なもの」という意味が含まれます。

人間は、本来みんなそれぞれが、オンリーワンでかけがえのない存在です。

似ている人はいるかもしれないけれど、この容姿で、この経験をしていて、この感受性をもっているそんな組み合わせの人は、この世に私ひとりしか存在していません。

自分嫌いで苦しんでいた期間が長かった私が、自分ともう一度なかよくなるためにいちばんの助けになったのが、この「私はこの世にひとりしかいないたったひとりの大切な人間なのだ」という考えでした。

そのあたりの考え方や「自分嫌い」時代について書くと、万里の長城のように長い長〜い物語になってしまって、活動名の由来の話がいつまでたっても始まらなさそうなので、またの機会に譲ります(笑)

そんな意味をもつ unico がなぜ、活動名になったのかというと…。

週末起業活動を始めようとした当時、仕事上の関係から本名を公表して活動することが単純に不都合だったのです。

何か芸名的な名前を考えなくちゃなー、と思っていた矢先、たまたま会社のライブラリーから借りていたに出てきた日本企業の名前が目に入りました。その企業名こそが「UNICO」社だったんです!

もともとスペイン語の unico の意味を知っていたので、週末起業して、レッドオーシャンで激しい競争の世界を戦うのではなく、オンリーワンのサービスを求められるセッション提供者になろう、という想いを込めて、unico っていいなと思いました。

それから、他にも意味がないかどうかを調べていたときに、英語のWikipediaでこんな記述を見かけたのです。

“Unico (ユニコ, Yuniko) is a manga and anime character by Osamu Tezuka.”

「ユニコは手塚治虫による漫画&アニメキャラクターである。」

そ、そ、そうでしたーーー!!!

小学生の頃、漫画やサンリオ映画で見て大好きだったキャラクター、ユニコの綴りも「UNICO」だったんでした!

なので、一応、私の活動名の読み方は「ウニコ」なんですが、「ユニコ」と呼ばれてもニコニコ「はーい!」とお返事しますので、どうぞご安心を(笑)

ユニコは白い角を生やしたユニコーンのこどもです。人々を幸せにする不思議な力をもっていますが、その力を発動させるためにはある条件があります。

その条件とは、相手も自分も互いに愛し合った時にだけ 奇跡を起こすことができる、というものです。

どんなに懇願されても好きじゃない相手のためには1mgも力が出ないし、どんなに助けたいと思っても 本当の愛の絆がそこになければ、何もしてあげることができません。

でも、ひとたび相思相愛になると……。

大きな翼をもった美しいペガサスに変身して、どんな窮地からでも相手を救い出すことができるスーパーでファンタスティックな無敵のヒーローになれちゃうのです。

稀代のへなちょこの私も、心底「力になりたい!」と思った相手のためならば100万倍の力が出ます。 私の中にはないはずの力がどこからかむくむくと湧いてきて、不可能が可能になって、愛の魔法、使えちゃうんです!

『マトリックス』のネオも、『スター・ウォーズ』のルークも『指輪物語』のフロドも『ONE PIECE』のルフィも、みんな使ってる、あの魔法です。

そんなWミーニングの意味をもつ活動名とともに、MANO A MANOではあなたのための愛の魔法をご用意しています❤️

もしもあなたがお困りのときに、思い出していただけたら幸いです。

article no. 003

uniちゃんのお話 vol.1 〜生まれた場所・育った場所・住んでる場所〜

はじめまして。unicoです。
“隠れコミュ障さん”が自分大好き❤️になれるお手伝いをしています。

初めての投稿なので、自己紹介的なことを書こうと思います。

まずは基本情報的なこととして居住地のことなど。

神奈川県川崎市在住です。
毎朝毎夕電車で多摩川を渡るときに、川の龍神様と富士山と多摩川浅間神社の御祭神と亀の甲山古墳に眠る主さんと多摩川台公園の双子のメタセコイヤさんにあいさつをすることを日々のルーティーンとしています。

 

富士山 多摩川

生まれたのは佐賀県杵島郡大町町で、母の実家がありました。
里帰り出産だったので住んでいたわけではないのですが、長期休みのたびに佐賀へ預けられていたので、出身地を尋ねられるとどこが自分の出身地と答えてよいのか、いつも一瞬戸惑います。

育ったのは埼玉県川口市
川口神社の境内にあった神主さんが園長先生の保育園に通い、小学校は地元の公立校に通いました。放課後は都内の塾に通い、中学からは学校も都内になったので、いわゆる埼玉都民というやつでした。

高校卒業後はイギリスの大学に進学し、外国人として生活するという経験をしました。

そして帰国後は、東京のマスコミの専門学校に通い、年下の子たちにひとり混ざった「年上の同級生」という立場を味わったりもしました。

そんな育ちの影響からか、幼い頃から、常にどこにも属することができない「根なし草」的な感覚がありました。それは、大人になった今でも変わらずあって、心細くはありますが、ある意味とても自由な感覚でもあります。

どこにも属さない。ということはつまり、どこにでも行けるし、どこにでも居られるということです。

生来の冒険好きである私は、一定期間同じ環境に留まっていると例外なく飽きてしまい、 どこかに移動したくなってしまう因果な性質なのですが、心の赴くままに未踏の場所を開拓しに出かけたり、懐かしい場所にふらっと戻ったり。そんな自由な風がいつも心に吹いています。

というわけで、どこか風来坊で根っからの根なし草(笑)なワタクシですが、いつかどこかでふらっとお会いできますことを楽しみにしています♪

unicoプロフィール写真

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