亀の甲山古墳の主さんとの会話

桜が終わって
菜の花と大根の花が
咲き乱れる川原をお散歩。

多摩川 写真

シロツメクサも
咲き始めていて
季節の移り変わりの
速さと正確さを感じます。

多摩川ダイナー
フィッシュ&チップスと
ビールで休憩して、

ビール 写真

多摩川台公園まで
足を伸ばしたら

亀の甲山古墳の主さんに

「おまえさんは勝手に
 反省ばかりしたがるけれど
 誰もおまえさんを
 責めたりしていない。 

 よい天気の日に
 美しい景色の中で
 愛おしい人たちと
 幸福な心持ちで
 共にいられたなら
 このうえなく上出来な人生だ
 とは思わないかい?」

と言われました。

空 写真

最近、会社の仕事の多忙さとの
兼ね合いもあって、
週末は休みがちだった私。

週末起業のペースが
スローすぎることを気にして、
自分を責めていました。

生まれてきて、
いま生きているだけで
充分上出来。

残りの人生はゲームとして
遊び倒そう!

そう決めたのに、
遊んでる自分を
反省してるなんて!

仕事も休みも
真剣な遊びごと。

まずは、
お腹の底から
笑いましょう。

花畑 写真

通勤電車を降りて冒険の旅へ出よう!

先日、ON/OFFスイッチの切り替え方について質問を受けました。

私のON/OFFスイッチの切り替え方法は

「川を渡る」です!

私が育った川口も現在住んでいる川崎も、地名が示すとおり大きな川がある街です。学校に行くにも仕事に行くにも、いつも川を渡って向かっていたので、電車で川を渡って都内に入るとONモード、逆に都内から出るとOFFモード、という感覚が、今も昔も変わらずあります。

川を通過するときって、たとえそれが徒歩であろうと車や電車に乗車していようと、禊(みそぎ)的な何か、ある種の浄化の力が働くような気がします。心の内のモヤモヤしたものを水に流して穢れを祓うような感じ。

浅間台 写真

そんな私の日課は、電車で多摩川を渡るときに、多摩川の神様(多摩龍さん)と富士山(センゲンさま)と多摩川浅間神社の御祭神(咲耶姫さま、菊理媛さま、速玉男命さま)とアマテラスさまと亀の甲山古墳に眠る主さんと多摩川台公園の双子のメタセコイヤさんにごあいさつをすることです。

「おはようございます。
 いってまいります。」

「今日も無事に過ごせました。
 いつもありがとうございます。」

という程度の簡単なあいさつなんですが、これを心の中で唱えると、自分の中心にアンカリングできて、一日気持ちよく過ごせます。ぜひお試しあれ。

昨日、仕事で名古屋に出張していたのですが、帰りの新幹線の車窓から富士山が綺麗に見えました。

富士山 写真

その写真を今朝、通勤電車の中で眺めていたら、ちょうど多摩川にさしかかって、晴れてはいたけどガスで霞んで富士山は見えず…でした。冬の間は毎日のように見えていた富士山も、これからの季節は見えない日が多くなります。

姿は見えねどそこに御座しますセンゲンさまをはじめとして、いつものルーティーンの朝のごあいさつを終えて、お社を見ながら「またお休みの日にゆっくりおまいりいたします」とお伝えしたところ、どこからともなく「なんで休みの日? 今行かないの?」というツッコミの声が聞こえてしまいました。

「そう言われてみれば、行けないわけじゃない……よし、行っちゃえ!」と思い、ワタクシ、衝動的に通勤電車を飛び降りて途中下車してしまいました!

いつもあいさつに来てくれるカラスさん(速玉男さん絡みでヤタガラスもご縁がある神社なのです)の歓迎を受け、倭姫のお言葉も思いがけずいただいて、空や新緑を見ながらすっかりリフレッシュできました。

多摩川浅間神社 写真

sun 写真

新緑 写真

烏 写真
この中にカラスが隠れています!見つけられるかな?

時間に余裕をもたせて家を出ていることもあり、仕事にも遅刻せず、贅沢なひとときを過ごすことができました。途中下車の旅、なんだかとっても気分爽快で、いつでもできる小さな冒険としてオススメです!

<おまけ情報>
多摩川浅間神社は安産祈願で有名ですが、実は、私たち夫婦が結婚式を挙げた神社でもあります!(そのうえ、結婚当時に住んでいた家からも、引っ越し後の現在の家からも、鬼門封じになっているという!ありがたや〜) 家族や親しい友人とあたたかい雰囲気の神前挙式を検討されている方は、権禰宜さん含むこちらの神主さんご一家の細やかな心配りに感激すること請け合いです。

結婚式 写真
多摩川浅間神社
〒145-0071 東京都大田区田園調布1-55-12
東急東横線・多摩川線・目黒線・南北線・三田線多摩川駅より徒歩2分
http://sengenjinja.info/annai/index.htm

article no. 012

桜を見ると思い出す

通勤途中に通る道に咲く桜たちが「おいでおいで」してました。

桜 写真

長い冬の間、ひそやかに、しかし、ふつふつと、新たなる生命の息吹をその幹や枝に蓄えて漲らせてきた桜たち。その生命力を爆発的に炸裂させるときがきてよかったね。今年も私たちの目を楽しませてくれてありがとう。

オーラソーマ・カラーケアシステムでは、マジェンタが「日本、そして日本人の質を表す色(チベットも同じ)」と言われますが、ほとんど白く見えるほどの淡い淡い薄桜色にも、私は日本および日本人らしさの一面を強く感じます。国花だから当然か!

ピンク色が表す「無条件の愛」を超越した「愛そのもの」のような。「惜しみなく生きる歓び」と「それ以外の余計なものを全部手放す潔さ」も感じられて。儚くて可憐なんだけど、凛として強い。さふいふ女に私もなりたひ。

今日は桜を見ると思い出す本のことを書こうと思います。

桜の森の満開の下 書影

高校生の頃好きだった作家、坂口安吾の作品『桜の森の満開の下』

安吾の作品には『白痴』『風博士』『堕落論』など面白い作品がたくさんありますが、個人的にいちばん好きなのは『青鬼の褌を洗ふ女』です。

でも、物語や日本語の文体の凄みのある美しさと、色鮮やかに瞼の裏に浮かぶような情景が圧倒的な『桜の森の満開の下』は別格な印象があります。

物語は、鉄のように冷たく残忍な心をもった山賊が、美しくも残酷な女に惚れて、女のために自分でも思いがけないことをしてしまうお話。

叶わぬ恋をして自分を下に置き、相手を喜ばせるために自分が望んでもいないことを繰り返していく山賊の姿が、哀しく、また思い当たるふしもあったりなかったりするような(笑)、いつかの自分の姿を見ているようでもあります。

人を愛すれば愛するほど、己の孤独に直面せざるをえなくなり、終いには、相手を憎んだり、相手に怯えたり、わけがわからなくなってしまう。

そんな山賊の姿は、まるで泣き叫ぶ赤子のようで、その醜態がかえっていとおしくて、そこに「はっ」とさせられるような美を見出します。

中学生の頃大好きだった梶井基次郎の『桜の樹の下には』を読んだときにも桜の花はおそろしく人を不安にさせるもの、という強烈なイメージを抱きました。そして、その樹の根元にある屍体のイメージも!

美しいものってなんだか怖いんです。

洋の東西を問わず神話や古典の中で描かれる美しいものって慕われ憧れられる存在でありながら同時に畏怖の対象でもあるんですよね。

美しいものって、自分の美しさを知りぬいていて、その前にひとりで投げ出された人間は、己の醜悪さや孤独をまざまざと見せつけられてしまうから、おそれおののかずにはいられないのかもしれません。

美しさに魅せられて、精魂尽き果てるまで愛しぬいても、相手の愛が手に入らなければ、狂気の垣根を越えることなんていとも簡単なこと。

これは、冷たすぎて火傷するような性質の孤独に関する物語。美しくてとても痛い。そして、麻薬のような味わいがある(…味わったことないけど!)

以上、uniちゃんによる私的解釈の『桜の森の満開の下』の感想でした。

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article no. 011

【お客様の声】私の状況をズバリ言い当ててました!

毎月月替わりで、ワタクシ unico セレクトのオラクルカードデッキから今のあなたにとって必要なメッセージが unico 直筆のポストカードでご自宅のポストに届く!という今どき稀有な超アナログ(笑)サービス「ことのひとひら(言の一片)」(旧サービス名「月替わり☆オラクルカードメッセージ」)のご感想をいただきました。

post 写真


メッセージカードを頂きました!

心に余裕がなくて、ポストを確認するのも億劫だったのですが、昨日ようやくポストを開けました(^^;)

第一印象は「暖かい絵」 

明るく落ち着いた黄色がいっぱいに広がっていてちょっと心が落ち着きました(^^)

しかし、じっくり読んでみて驚いたのはメッセージの内容!

私の状況をズバリ言い当ててました!

なぜ自分に心の余裕がなかったのか、よく分かっていなかったのですが、メッセージを読んで初めて把握しました(^^;)

自分の代わりに、漠然と感じていたことを言語化してもらった、という感じでしょうか。

現状とゴール、そして今立ち向かっている障害。
この3つを見つめ直すことができました。
ありがとうございました!

K.S.さま・30代・男性


実は、K.S.さまには私が描いた絵で作ったポストカードでメッセージをお届けしたんです。メッセージはもちろんのこと、絵にもぬくもりを感じていただけたようでとてもうれしいです♪

ケツァル ポストカード

メッセージの内容がズバリ!だったとのことですが、オラクルカードってね、本当にそうなんですよ!!!

私自身はK.S.さまの状況はもちろんまったく知りえないわけですが、私の内側にいるスゴイ人(笑)は、すべて知ってるんです。

不思議なように思われるかもしれませんが、すべての生きとし生けるものが、魂の根っこのところではつながっている、と考えると実はとっても当たり前のこと、だとも思います。

oneness 写真

自分の心に余裕がなくなると、どうしても自分で自分のことが見えにくくなりますよね。そんなときこそ、ことのひとひらをぜひご利用ください!

お送りしたメッセージの意味がよくわからない 😥 場合には、安心のメールフォローもありますよ!

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1ヶ月(1回お届け) 1000円(葉書代、郵便切手代込み)
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1年(12回お届け) 8000円(葉書代、郵便切手代込み)

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article no. 010

名前にまつわるエトセトラ vol.2 〜自分の名前が嫌いでした〜

自分の名前が嫌いでした。
記憶を辿ってみると、おそらく4〜5歳くらいから、ずっと。

いちばんの理由は、正しく読んで(呼んで)もらえないから。

weeping girl 写真

私の本名は「美紀」と書いて「みのり」と読むのですが、見事に100人中100人が「みき」と読み間違えます。

今でこそ、女の子の名前としてよく見かけるようになりましたが、私が子どもだった頃は俳優の寺田農か声優の松島みのりくらいしか知ってる「みのり」はいませんでした。当時好きだった立原えりかの童話にも男の子の名前として登場していたので、子ども心に「なんかかわいくない…」と感じていたんです。

苗字(旧姓)の方もこれまた電話帳に1軒(実家)しか掲載されていない程度の珍しさで、こちらもまあよく読み間違えられ、正しく読めるのは100人中3人くらいだったでしょうか。

そんなこんなで、幼少の頃から自己紹介や出席確認時には常に名前の読み間違いを訂正し続ける人生が幕を開けたのです。

教室 写真

小学生の頃、両親に自分の名前の由来を聞いて作文を書くという国語の宿題が出され、両親が新婚旅行で訪れた紀伊地方が自分の名前の由来だということを知りました。

当時の新婚旅行の定番が熱海や南紀白浜だったというような知識もない子どもだったので、「ハワイとか沖縄じゃないなんてダサい」とか「紀伊国屋はノリノクニヤじゃないのに、なんでミキじゃなくてミノリなの?なんて思ったりして、とにかく、やっぱり好意的に受け取ることができませんでした。

高校生の頃、世界各地の神話や伝説が好きで読み漁っていた中で古代中国について独学で文献調査をしていた時、白川静の『字統』という超絶面白い本に出会いました。

そこで「美」という漢字が「大きい羊」を表す会意文字であるということ、そして、神への生贄の立派さを讃える意味があるということを知り、ギリシャ神話でゼウスに捧げられた黄金羊だったり旧約聖書でエホバの神に捧げられた供物だったりというイメージと直結してしまい、「美しくなるようになんて願っても大抵名前負けするし、親が大事な子どもに付けたら、イサク(アブラハムの息子)の燔祭みたいなことになりそうで不吉」だと思い、ますます自分の名前嫌いが深まっていきました。

アブラハム 写真
Abraham Sacrificing Isaac by Laurent de LA HIRE

そして、名前にまつわるエトセトラ vol.1 〜聖杯伝説への誘い〜にも書いたように大学時代に留学先で自己紹介する時に、「ミノリは収穫(実り)という意味です」という、本来の名前の由来とは異なる伝わりやすい説明をするようになっていったというわけです。

今になって考えてみると、よくぞここまで自分の名前を嫌い続けて自己否定の思考の上塗りをしていたものだ! 😆 とある意味感心してしまうほど(苦笑)。

良くも悪くも思考は現実化するので、20年近く自分の名前に否定的なエネルギーを注ぎ続けた結果、この後、名前にまつわる負の現実化を見事やってのけ、ある事件が勃発するのですがそれはまた次回へとつづきます。

article no. 009