名前にまつわるエトセトラ vol.3 〜結婚して名前が変わるということ〜

小さい頃から自分の名前が嫌いだった私。
嫌いと感じていたいちばんの理由は読み間違えられることが多く、正しい名前を呼んでもらえなかったことですが、母から聞いた自分の名前の由来や、名前に使われている漢字の由来を知って、ますます自分の名前嫌いが深まっていきました。

 💡 まだ読んでいない方は、こちらからどうぞ♪
 ↓ ↓ ↓
➡ 名前にまつわるエトセトラ vol.1 〜聖杯伝説への誘い〜

➡ 名前にまつわるエトセトラ vol.2 〜自分の名前が嫌いでした〜

このシリーズを書いていてふと思い出したことがあったので、忘れないうちに書き留めておこうと思います。

学生時代に、母が「◯◯(私の旧姓=母にとっては結婚後の姓)という苗字が嫌い」と言ったのを聞いて、とても悲しい気持ちになったことがありました。

母が「嫌い」という言葉を使ったのは「漢字の字面のバランスを取るのが難しく、上手に書けないから」というような話から始まり「電話帳に1件しかないような珍しい名前なのが嫌だ」というような流れの中で、だったと記憶しています。

母の旧姓は小学校低学年で習う平易な漢字で構成されていて、左右対称の文字(たとえば田中とか山田みたいな)だったので、年賀状などでもとても書きやすかったそうなのです。

娘の私に言わせれば、父も母もとてもきれいな字を書く人たちだったのですが、母は自分の書く字が好きじゃないという理由で記名の際によく父に代筆してもらっていました。

父の苗字が「嫌い」といっても、別に父のことが嫌いと言ったわけでもないし、父方の祖父母のことが嫌いと言ったわけでもなかったのですが、なぜだか、父に連なる一族全体(もちろんその末端に私もいる)が、否定されているような感覚を覚えました。

それは、決して致命的な刺し傷のような傷ではなく、とても小さな、だけど切れ味がよすぎて血すら出ないような、サイズに見合わぬ痛みを伴う切り傷のような、そんな傷を負ったような感覚でした。

小さい頃から自分の名前を嫌っていた私なのに、母が名前(苗字)を「嫌い」だと言ったのを聞いたら傷つくように感じるなんて、自分のことを棚にあげていてなんだかズルいんですけどね(苦笑)

現代ではビジネスネームとして旧姓を使用する女性もたくさんいますが、日本では戸籍上の夫婦別姓が認められていないため、婿取りをしない女性は、婚姻によって強制的に相手の苗字を名乗ることになるわけです。

男性にはなかなか伝わらないかもしれませんが、これってものすごく大きな変化なんですよ!

そして、この大変化を喜ばしく感じる場合はよいのですが、疎ましく感じる場合も一方では確実にあるわけで。

私の母だけでなく、新婚ほやほやだった中学時代の理科の先生が「自分の苗字が変わらなければいけないことに憤慨している」とアイデンティティ・クライシス的なことを話していたことが思い出されたりもします。

ただ幸運なことに、結婚当初から、私は、結婚した夫の苗字がとても気に入っています。

夫の苗字がたまたま宗教に関係がある用語でもあるせいか、自分の名前を書くときにはいつも写経するような気持ちで書いているし、名前を名乗る際にもマントラを唱えるような気持ちで声に乗せています。意識するのではなく、とても自然にほぼ自動的にそうなるのです。

いわゆる「うしろの人」(守護霊とかご先祖様とか)が視える人から、私が名前を書いている時に、「うしろの人がスッと立ち上がった」と言われたことがあるんですが、そういうことがあっても、不思議じゃないという気がしちゃうくらい夫の苗字に連なるものに守られている感覚があると言っていいと思います。

たかが名前、されど名前。なんですよね。

article no. 015

名前にまつわるエトセトラ vol.2 〜自分の名前が嫌いでした〜

自分の名前が嫌いでした。
記憶を辿ってみると、おそらく4〜5歳くらいから、ずっと。

いちばんの理由は、正しく読んで(呼んで)もらえないから。

weeping girl 写真

私の本名は「美紀」と書いて「みのり」と読むのですが、見事に100人中100人が「みき」と読み間違えます。

今でこそ、女の子の名前としてよく見かけるようになりましたが、私が子どもだった頃は俳優の寺田農か声優の松島みのりくらいしか知ってる「みのり」はいませんでした。当時好きだった立原えりかの童話にも男の子の名前として登場していたので、子ども心に「なんかかわいくない…」と感じていたんです。

苗字(旧姓)の方もこれまた電話帳に1軒(実家)しか掲載されていない程度の珍しさで、こちらもまあよく読み間違えられ、正しく読めるのは100人中3人くらいだったでしょうか。

そんなこんなで、幼少の頃から自己紹介や出席確認時には常に名前の読み間違いを訂正し続ける人生が幕を開けたのです。

教室 写真

小学生の頃、両親に自分の名前の由来を聞いて作文を書くという国語の宿題が出され、両親が新婚旅行で訪れた紀伊地方が自分の名前の由来だということを知りました。

当時の新婚旅行の定番が熱海や南紀白浜だったというような知識もない子どもだったので、「ハワイとか沖縄じゃないなんてダサい」とか「紀伊国屋はノリノクニヤじゃないのに、なんでミキじゃなくてミノリなの?なんて思ったりして、とにかく、やっぱり好意的に受け取ることができませんでした。

高校生の頃、世界各地の神話や伝説が好きで読み漁っていた中で古代中国について独学で文献調査をしていた時、白川静の『字統』という超絶面白い本に出会いました。

そこで「美」という漢字が「大きい羊」を表す会意文字であるということ、そして、神への生贄の立派さを讃える意味があるということを知り、ギリシャ神話でゼウスに捧げられた黄金羊だったり旧約聖書でエホバの神に捧げられた供物だったりというイメージと直結してしまい、「美しくなるようになんて願っても大抵名前負けするし、親が大事な子どもに付けたら、イサク(アブラハムの息子)の燔祭みたいなことになりそうで不吉」だと思い、ますます自分の名前嫌いが深まっていきました。

アブラハム 写真
Abraham Sacrificing Isaac by Laurent de LA HIRE

そして、名前にまつわるエトセトラ vol.1 〜聖杯伝説への誘い〜にも書いたように大学時代に留学先で自己紹介する時に、「ミノリは収穫(実り)という意味です」という、本来の名前の由来とは異なる伝わりやすい説明をするようになっていったというわけです。

今になって考えてみると、よくぞここまで自分の名前を嫌い続けて自己否定の思考の上塗りをしていたものだ! 😆 とある意味感心してしまうほど(苦笑)。

良くも悪くも思考は現実化するので、20年近く自分の名前に否定的なエネルギーを注ぎ続けた結果、この後、名前にまつわる負の現実化を見事やってのけ、ある事件が勃発するのですがそれはまた次回へとつづきます。

article no. 009

名前にまつわるエトセトラ vol.1 〜聖杯伝説への誘い〜

昨日今日と、街を行き交う袴姿の華やいだ雰囲気の美しい女性たちをたくさん見かけました。都心でも桜の開花が宣言され、卒園・卒業の季節を迎えていますねー。この春、卒園・卒業されるみなさん、ご家族のみなさん、おめでとうございます!

桜 写真

4月から年長さんになる息子が、卒園するお兄さん・お姉さんのためにお友達と練習しているという歌を、お風呂で聞かせてくれました。

携帯CMソングにもなっている「ありがとう、さようなら」や、くれよんしんちゃんの映画主題歌「友よ〜この先もずっと…」など、私自身は知らなかった曲ばかりですが、すてきな歌詞に感動しつつ、そんなむつかしい歌詞を覚えて歌えるようになった息子の成長に、思わず涙腺が緩みます。

 

卒業といえば、子どもの頃から『はいからさんが通る』(年がバレますね)の紅緒さんのような袴姿で式に参列することに憧れていました。でも、中学高校は制服のブレザー&キルトスカートだったし、イギリスの大学に進学したため、袴コスプレ(笑)に袖を通す機会には恵まれない学生時代でした。今思うと少し残念な気持ちで、街を闊歩するはいからさんたちを憧れと羨望の眼差しで見つめています。

そういえば、イギリス留学時代に自己紹介で自分の名前の意味について尋ねられ、英語で説明する際に困ることがありました。

というのも、私の本名は美紀と書いてみのりと読むのですが、両親が新婚旅行で行った紀伊地方が私の名前の由来だったからです。

円月島 写真

出典:リゾートホテル ラフォーレ南紀白浜

「私の名前は“美しい紀伊地方”という意味です」と伝えて紀伊地方の説明などできたらよかったのですが、18歳の私は紀伊地方についての知識がほとんどなかったこともあり、あまり深く考えずにわかりやすいという理由だけで「Minori means harvest in Japanese.」と答えていました。<ダメじゃん!(笑)

ある日、それを聞いていた日本人留学生から「ミノリの漢字は収穫の実りじゃないのに、どうして?」と、ごく自然に指摘され、「はっ!」となりました。

面倒くさいとかいい加減とか、ましてや嘘偽りなんていうつもりもなく、でもよく考えると(いや、考えなくても、笑)かなりいい加減な説明をしていたなーと、自分でもおののきました。

確かに、美紀のみのりは収穫のみのりではありません。でも収穫の意味の「実り」という言葉を聞くたびに、ごく自然に自分の名前を呼ばれている感覚が、幼い時分から常にあったのも事実だったんです。

収穫 写真

それが言霊や音霊の影響であったということを知ったのは、それからずーっと後のお話になります。

今思うと、あの時、日本人留学生が投げかけてくれた素朴な疑問のおかげで、名前に端を発する私の「行動する自己探求の旅(それはまるで聖杯伝説のようなかけがえのない宝物を手に入れる物語でもあります)」が始まったように思います。

自分自身を思い出すための「鍵」でもある名前について語らせたら、私以上に暑苦しく語れる人はそういない!というくらい思い入れがあるテーマなので、次回に続きまーす!

article no. 007