uniちゃんのお話 vol.2 〜活動名のひみつ〜

二度目まして。unicoです。

“隠れコミュ障さん”が自分大好き❤️になれるお手伝いをしています。

自己紹介シリーズ「uniちゃんのお話」の第2回目は、活動名についてお話したいと思います。

第1回目が未読だわ!というアナタはこちらから

まずはじめに、よく尋ねられるのが読み方です。

unico と書いて「ウニコ」と読みます。ちなみに某インテリアショップとは無関係です(笑)

unico はスペイン語やイタリア語で「唯一の」とか「かけがえのない」という意味をもつ単語です。 英語でいうところの unique (ユニーク)とおんなじ。

ユニークというと、日本語だとなぜか「ユーモラスでひょうきん」というようなニュアンスで使われることが多いんですが、語源的には「この世にたったひとつしかない、唯一無二なもの」という意味が含まれます。

人間は、本来みんなそれぞれが、オンリーワンでかけがえのない存在です。

似ている人はいるかもしれないけれど、この容姿で、この経験をしていて、この感受性をもっているそんな組み合わせの人は、この世に私ひとりしか存在していません。

自分嫌いで苦しんでいた期間が長かった私が、自分ともう一度なかよくなるためにいちばんの助けになったのが、この「私はこの世にひとりしかいないたったひとりの大切な人間なのだ」という考えでした。

そのあたりの考え方や「自分嫌い」時代について書くと、万里の長城のように長い長〜い物語になってしまって、活動名の由来の話がいつまでたっても始まらなさそうなので、またの機会に譲ります(笑)

そんな意味をもつ unico がなぜ、活動名になったのかというと…。

週末起業活動を始めようとした当時、仕事上の関係から本名を公表して活動することが単純に不都合だったのです。

何か芸名的な名前を考えなくちゃなー、と思っていた矢先、たまたま会社のライブラリーから借りていたに出てきた日本企業の名前が目に入りました。その企業名こそが「UNICO」社だったんです!

もともとスペイン語の unico の意味を知っていたので、週末起業して、レッドオーシャンで激しい競争の世界を戦うのではなく、オンリーワンのサービスを求められるセッション提供者になろう、という想いを込めて、unico っていいなと思いました。

それから、他にも意味がないかどうかを調べていたときに、英語のWikipediaでこんな記述を見かけたのです。

“Unico (ユニコ, Yuniko) is a manga and anime character by Osamu Tezuka.”

「ユニコは手塚治虫による漫画&アニメキャラクターである。」

そ、そ、そうでしたーーー!!!

小学生の頃、漫画やサンリオ映画で見て大好きだったキャラクター、ユニコの綴りも「UNICO」だったんでした!

なので、一応、私の活動名の読み方は「ウニコ」なんですが、「ユニコ」と呼ばれてもニコニコ「はーい!」とお返事しますので、どうぞご安心を(笑)

ユニコは白い角を生やしたユニコーンのこどもです。人々を幸せにする不思議な力をもっていますが、その力を発動させるためにはある条件があります。

その条件とは、相手も自分も互いに愛し合った時にだけ 奇跡を起こすことができる、というものです。

どんなに懇願されても好きじゃない相手のためには1mgも力が出ないし、どんなに助けたいと思っても 本当の愛の絆がそこになければ、何もしてあげることができません。

でも、ひとたび相思相愛になると……。

大きな翼をもった美しいペガサスに変身して、どんな窮地からでも相手を救い出すことができるスーパーでファンタスティックな無敵のヒーローになれちゃうのです。

稀代のへなちょこの私も、心底「力になりたい!」と思った相手のためならば100万倍の力が出ます。 私の中にはないはずの力がどこからかむくむくと湧いてきて、不可能が可能になって、愛の魔法、使えちゃうんです!

『マトリックス』のネオも、『スター・ウォーズ』のルークも『指輪物語』のフロドも『ONE PIECE』のルフィも、みんな使ってる、あの魔法です。

そんなWミーニングの意味をもつ活動名とともに、MANO A MANOではあなたのための愛の魔法をご用意しています❤️

もしもあなたがお困りのときに、思い出していただけたら幸いです。

article no. 003

uniちゃんのお話 vol.1 〜生まれた場所・育った場所・住んでる場所〜

はじめまして。unicoです。
“隠れコミュ障さん”が自分大好き❤️になれるお手伝いをしています。

初めての投稿なので、自己紹介的なことを書こうと思います。

まずは基本情報的なこととして居住地のことなど。

神奈川県川崎市在住です。
毎朝毎夕電車で多摩川を渡るときに、川の龍神様と富士山と多摩川浅間神社の御祭神と亀の甲山古墳に眠る主さんと多摩川台公園の双子のメタセコイヤさんにあいさつをすることを日々のルーティーンとしています。

 

富士山 多摩川

生まれたのは佐賀県杵島郡大町町で、母の実家がありました。
里帰り出産だったので住んでいたわけではないのですが、長期休みのたびに佐賀へ預けられていたので、出身地を尋ねられるとどこが自分の出身地と答えてよいのか、いつも一瞬戸惑います。

育ったのは埼玉県川口市
川口神社の境内にあった神主さんが園長先生の保育園に通い、小学校は地元の公立校に通いました。放課後は都内の塾に通い、中学からは学校も都内になったので、いわゆる埼玉都民というやつでした。

高校卒業後はイギリスの大学に進学し、外国人として生活するという経験をしました。

そして帰国後は、東京のマスコミの専門学校に通い、年下の子たちにひとり混ざった「年上の同級生」という立場を味わったりもしました。

そんな育ちの影響からか、幼い頃から、常にどこにも属することができない「根なし草」的な感覚がありました。それは、大人になった今でも変わらずあって、心細くはありますが、ある意味とても自由な感覚でもあります。

どこにも属さない。ということはつまり、どこにでも行けるし、どこにでも居られるということです。

生来の冒険好きである私は、一定期間同じ環境に留まっていると例外なく飽きてしまい、 どこかに移動したくなってしまう因果な性質なのですが、心の赴くままに未踏の場所を開拓しに出かけたり、懐かしい場所にふらっと戻ったり。そんな自由な風がいつも心に吹いています。

というわけで、どこか風来坊で根っからの根なし草(笑)なワタクシですが、いつかどこかでふらっとお会いできますことを楽しみにしています♪

unicoプロフィール写真

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