豊かさの秘密とありあまる富

昨日のPC原稿消滅事故から受け取ったギフトが、実はまだあります。

消えた原稿について、惜しい気持ちがまったくなかったかというとそれは嘘です。そりゃあね、多少はね。いや、だいぶ?(笑)

でも、すぐに次のような力強い声が自分の内側から聞こえてきました。

原稿は消滅しても何度でもまた書ける。
私の中に「核」があるから、言葉はいくらでも溢れてくる。
こんこんと湧き出づる尽きせぬ泉のように。

これってスゴくないですかー?!

失われたものは、実は失われていないんです。

もしこれが、大金や金塊やなんかだったら悲惨だったけれど…なんていう思いが一瞬よぎりましたが、またすぐに新たな考えがやってきました。

もし大金だったっとして、なくなったまったく同じそのナンバーが印刷された紙幣は返ってこないかもしれないけれど、それを手にした私という人間は、何も損なわれることなく存在している。それなら、もう一度同じだけの大金を生み出すことは、普通に考えて可能なはず。


The Angels of Abundance

これは、原稿でもお金でも同じことだと思います。失われたものは実は失われていないし、盗もうと思っても奪えない。私が生きている限り、私の内部の核で創造の火花がパチパチしている限り、消そうと思っても消すことなんてできない。

そう考えると、目に見える所有物がなくなる心配をするのって、実はとんでもなくアホらしいことなのかもしれません。それどころか「目に見えない価値を生み出す能力に限界がある」という呪いを自分で自分にかけていることになっていたりして?! オソロシイ〜!

そういえば、林檎ちゃんも

価値は 生命に従って付いている
ほらね君には富が溢れている

って歌ってましたね。

豊かさの秘密が少しだけ開示されたような気がするので、私自身のありあまる富を素直に認めることにします!

article no. 026

街色図鑑 vol.3 〜極彩色ゆめかわスイーツ

TVCMを見て「あれ食べたーい!」と息子が憧れていた虹色の綿菓子。

家族の休日で横浜中華街に行った際に見かけたので、念願叶って食べることができました(息子が)。

私は甘いものがあまり得意ではないので、いただかなかったのですが、息子が食べきれないうちに溶けてしまったその綿あめの残骸には目を奪われました!

なぜなら…

こんなにも鮮やかで美しかったから!

冷静に考えると食べものの色じゃない!んですけどねー。(苦笑)

そういえば、虹色が大好きな息子は、私のおなかの中にいた頃のことや、おなかに入る前のことを記憶している子どもなのですが、彼が虹色好きな理由が伺える話をしてくれたことがあります。

彼が私を選んだのは、空の上でどのお母さんにしようかなーといろんな女の人たちを見ていたら、みんなそれぞれ緑とか青とかきれいな色(オーラ的なもの?)に光り輝いていたらしいのです。

その中にひとりだけ虹色に光ってる人がいたから、その女の人の子どもになることにしたのだとか。その虹色の女の人が、つまりワ・タ・シ❤️なんでしたー!

オーラソーマでは人間は「HUE-MAN(色の人)」と言われますが、まさにその通りの姿が、肉体としての目をもつ以前の息子には見えていたようです。長年オーラソーマのボトルを体に塗り続けていたおかげ?!かもしれませんね。

それだけなら、すごく運命的で素敵ないい話なんですが、実は、彼の話には続きがありまして。

もうひとりピカピカ光ってる女の人がいたから、その人とママとどっちにしようかなーって思って「どちらにしようかな、かみさまのいうとおり」で決めた…んだそうですよ! マジかっ!!!(笑)

でも「神様の言う通りママを選んでいちばんよかった」そうなので、最終的にいい話に着地するようです!!! 私もヨカッタ!!!(笑)

彼のこの話、実はオーラソーマのサトルアナトミー(微細エネルギーの解剖学)とも一致していて、大変興味深いのです。長くなるので、それはまたの機会にお伝えしますね。

article no. 024

街色図鑑 vol.2 〜思いのほかやさしい

この夏、2度目のかき氷を食べました。
これを食べるためならば、
日々の暑さも最高の演出かもしれませんねー。

*生いちごミルク
*アルフォンソマンゴー
*メロンミルク

天然の果肉で作られたフルーツソースは
思いのほかやさしい色合いで。
それでいて、味わいはくっきりとしていて。

氷という不思議なものと組み合わさると
それはそれはゆたかでしあわせなごちそうに化けて、
でも急がないと、それは逃げていくようで。

しあわせやよろこびもこんな感じ。

永遠に続くといいなと思うけど、
いつも一瞬のきらめきのように消えていく。

ただ、その閃光や火花を、
何度も人生の中に見つける目や
永遠的長さの一瞬として感じる時間を超越した感覚や
長く大切に心に留めておく記憶を
もち続けることはできるのだと思います。

article no. 023

キリエ!

息子の運動会練習日でいつもより早く家を出たので、朝活がてらいつものコーヒーショップへGO!

そんな朝の店内に流れていたBGMは昔懐かしMr.ミスターの「キリエ」でした。

「キリエ(Kyrie)」って「主よ」っていう神への呼びかけのギリシャ語なんです。

そこで「神さまー!おはようございます!」と心の中で呼びかけながら席に着いて、モーニングページにいそしみました。

モーニングページというのは、毎朝、心に浮かんだことを徒然なるまま、ただひたすらノートに書き出すというもの。

思考と感情の整理法みたいなものなんだけど、まったくもってロジカルじゃなく、思いっきりクリエイティブな手法で、ライティング・セラピーの基本の「キ」なんですよ!

ご興味のある方はジュリア・キャメロンの著書『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』をぜひご一読くださいまし♪

思えば、私は小学生の頃から誰に教わるでもなく、モーニングにこだわらないノートライティングをしてきていました。

それはひとえに、口で上手く想いを伝えることができなかったから。

“隠れコミュ障ちゃん”だったからこそ、心に浮かんでは消えて忘れられていくさまざまな想いを言葉を使って結晶化する、というような試みをしていたんだな、と今更ながら思います。

だから、もし、

自分自身を思い出したい。
自分自身を愛せるようになりたい。

という気持ちで、この記事を読んでくださっている方がいらしたら、心の中にあるいろいろをお気に入りのノートに書き出してみることを強くお勧めします。

どんな感情であっても善悪のジャッジを加えずに、ただひたすらに書いて書いて書きまくって、自分が選んだ言葉でその感情に命を吹き込んであげてください。

そうしたらその言葉と感情たちが、きっと、あなたを支えてくれる。

私なんて今日も朝から自分のノートを読み返して、私の文章が表現している脆くて儚くて純粋で孤独で、でもものすごくキラキラしてるいつかの私の気持ちを思い出して、胸がじーーーん❤️ ってなっちゃいました!

って自画自賛がすぎるでしょうか(笑)。

でもね、そんなかわいい自分を好きにならずにいられるわけがないんですー。

そりゃあね、職業的編集者の視点から見たら、拙いどころの騒ぎじゃない、下手すりゃ「てにをは」も危うい未推敲の肥大したエゴの垂れ流しですよ。

って、今度は辛口が過ぎないか…?>自分(苦笑)

でも、誰かに見せて褒めてもらうために書くわけじゃないからいいんです。

他人の評価を気にするあまり、いちばん大切な自分自身を脇に追いやってしまう癖に気がついて、まずそれを止めようと意識することが、自分自身を思い出すための第一歩ですから。

その時、感じたこと、考えたことが、自分の中でもう一度みずみずしく鮮やかに喚起されたなら、書きなぐっただけのノートでも、それでもう完璧なんです。

あらゆる感情がそうやって命を与えられたことで報われて、何かとてつもなく豊かでかけがえのない宝物に進化を遂げる、錬金術のようなプロセスになるのだと、私は思います。

で、話は「キリエ」に戻ります。

キリスト教会でよく唱えられるお祈りでは「キリエ」という呼びかけの後に続きがありまして。

「キリエ、エレイソン」
(主よ、憐れみたまえ)

と祈るんです。

目の不自由な者がイエスさまに「主よ、憐れみたまえ」と言うと、イエスさまは「何をしてほしいのか?」と尋ねられました。

目の不自由な者は「主よ、目を開けていただきたいのです」と答え、イエスさまが深く憐れんで、その者の目に触れたら、めしいたその目が開いて見えるようになった、という聖書の説話があるのです。

私も、今朝たまたま入ったコーヒーショップで「キリエ」を耳にしたことで「目を開けなさい」って言われたような気がしました。

世界はまばゆい光に溢れた
とても美しいところだよ。
よく目を開けて見てごらん。

って。

そんなメッセージとして、大切に受け取ります。

キリエ!

article no. 020

夏至と夕焼けと運命の人

ご無沙汰ちゃんです。unicoです。仕事的なアレですっかりやられて……っていうか悲しいほどに仕事しかしてない(苦笑)ワタクシですが、元気です!

2月から取り組んできた大仕事がようやく収束しようとする中、7月から始まる新しい取り組みもしっかりと射程内に入ってきました。

やってくるものと去りゆくもの。
その狭間で、いろいろなものが一新する。

そんな浄化の雨と風だったのかなー、なんて思いながら、アラスカンエッセンスSolstice Sun(夏至の太陽)のエッセンスを飲んだ嵐の夏至でした。

そして、そんな嵐の後の夕空がまた格別でねー。

薄紫の世界の中、ただ息を吸うだけで体が溶けて大気に同化してしまいそうになるような、そんな体験をしながらたっぷりカラーブリージングしました。

ちなみに、カラーブリージングとは、ある色をイメージして呼吸と共にその色を心身に取り入れる瞑想的な呼吸法のことです。

*****

そういえば、まだ私が夫とつきあう前のこと。

その日私は、ひとり日帰りで関西出張に行っていて、帰りの新幹線の中でそれはもう凄まじいほどの美しい夕焼けを目にしたんですよ。

もうね、1年に1度あるかないかくらいの荘厳な美しさで。車窓に流れる景色が完璧な絵のようでした。

その完璧な田園風景の中で、私に見られているなんてつゆほども思っていない野良着姿のばあちゃんが畦道を歩いていく姿や、トラクターに乗ったじいちゃんが1日の終わりの最後のもうひと頑張りをしている姿に、なんだか無性に感動して、新幹線の座席でひとりボロボロ涙を流して泣いてしまいました。

ただ普通に生きて、日々の勤めを果たして、帰りたい場所へ帰る。
そこに愛が待つゆえに、体と心と魂を持ち帰る。

それって100万の美辞麗句を並べて述べる感謝の祈りよりも雄弁な、なんて神聖な行為なんだろう!っていう想いがどわーっ!と溢れて

こんな美しい世界に参加させてもらえてよかった!
生まれてきてよかった!
神様ありがとう!

って、感極まりながらふと車内を見回すと、出張帰りのビジネスピープルが首をほぼ直角に曲げてうなだれるように疲弊しきって熟睡してるじゃありませんかー!

なんなんだ、このパラレルワールドはーーー?‼︎

って驚愕しました。。。

その足で帰社して、同僚たちにお土産を配りながら素晴らし過ぎる夕焼けの話を熱く報告していたら、なんと! みんな忙し過ぎて「夕焼けなんて気づかなかった」と言うではありませんか!

ただひとりを除いては。

その、ただひとりが、後に私の夫となる人だった、という。

今日の夕焼けを見て、なぜだかあの日の夕焼けが思い出され、美しいと感じるものが共通する人と一緒にいられてただただ素直にうれしいな♪  と改めて思いました。

・・・ノロケか!

(と一応、自分でツッコんでおく・・・)

article no. 019