ハートが至福にしたがうとき

ディズニー映画『モアナと伝説の海』を映画館で観てきました。

モアナ 写真

ポリネシアン・トライアングルの先住民たちの神話や伝説の形式を借りて太古からの叡智が散りばめられた少女の冒険の物語。

・自分を信じること
・勇気を出して未知へ踏み出すこと
・ハートにしたがううこと
・仲間を大切にすること
・守られていること
・愛されていること
・あきらめないこと
・やり遂げること

などなど、児童文学としてはありきたりすぎる「英雄の旅」ベースの成長物語なのですが、そのシンプルさゆえに力強くブレがなくただまっすぐにズドーン!と入ってきました。

私たちは愛されているがゆえに愛してくれる誰かの期待についつい応えようとしてしまいます。その愛を失わないために。自分に失望されることを恐れるがゆえに。

でも、心は他の誰かの期待に沿うことを真実望んでいるのでしょうか?

従っていれば安全な居場所にいることができる。その代わり、血湧き肉踊る、魂が震えるような体験を遠ざけてしまったとしても?

その人生の選択の先に、最後に笑って死ねるのだろうか?と自分自身に問う私がいます。誰かの期待に応えることを、自分が挑戦しない言い訳にしてしまってはいないのか?と。

モアナ 写真

それでもこれまでは、年長者や権威者に従うことや家族をはじめ愛する人々のために自分を犠牲にすることが美徳とされてきたかもしれません。

事実、将来の夢があったけれど諦めて、家族のために尽くして働いてきたというような話はゴマンと耳にしてきました。それらの話は一聴すると美談仕立てなのですが、よくよく考えると本当にそうなのかな?と疑問に思います。

だって、もし自分が尽くしてもらう立場だとしたら、愛する相手に自分のために夢を諦めないでほしいと願うでしょうし、逆に自分が夢を諦める立場だとしたら、自分で自分を幸せにすることを放棄しているだけなのに大切な人たちの愛をすり替えて利用しているような気がしてしまうから。

もう、誰かに犠牲を強いて、その上に成り立つそこそこの幸せをよし、とする時代はとっくに終わっているのだと思います。

ハートが至福にしたがっている時、それは使命を実行しているのと同時に本当の意味で生命につながって=生きています。

どうせ生きるなら、死んだように生きたくはない!

そんな強い想いを抱く人たちが増えてきているのではないでしょうか。

『モアナ…』と同時上映されていた『インナー・ワーキングス』というショートフィルムがあるのですが、こちらも、上記のテーマを『モアナ…』同様にそのまま伝えてくれていました。

インナー・ワーキングス 画像   Leo Matsuda 公式HPより

ある意味、同じメッセージを一度に2本の映画で伝えているのでくどいといえなくもない(笑)んですが「重要なことは2回言え!」という鉄則に従っているともいえますね。

というわけで、私ももう一度(笑)

死んだように生きたくはない!

どうせいつかは死ぬのなら、禁止事項だらけの中、消去法でかろうじて残った単調で安全な選択肢より、顔をしかめられようが、笑い者にされようが、失敗しようが気にせずに「やってみたい!」と心から感じることに素直に従う方が、喜びがほとばしる色鮮やかな人生を送ることができるのではないでしょうか。

そして、ここがいちばん肝心ですが、愛する人たちを愛したままで、そしてもちろん愛されたままで、そんな人生を送ることは可能です。

私たちは愛を失うことを怖れるあまり、わざと愛を過小評価しようとしてきたのかもしれません。でも、もう怖がるのはおしまいにしていいんだよ、と私はあなたに、そして自分にも許可を与えたいと思います。

人生は、観て感動するものではなく、現実に生きて体験するもの。
街へ出て、人に会おう!
行動して、体験しよう!

理性ではなく至福にしたがおう!
Follow your bliss!

sparkle  写真
article no. 008

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