亀の甲山古墳の主さんとの会話

桜が終わって
菜の花と大根の花が
咲き乱れる川原をお散歩。

多摩川 写真

シロツメクサも
咲き始めていて
季節の移り変わりの
速さと正確さを感じます。

多摩川ダイナー
フィッシュ&チップスと
ビールで休憩して、

ビール 写真

多摩川台公園まで
足を伸ばしたら

亀の甲山古墳の主さんに

「おまえさんは勝手に
 反省ばかりしたがるけれど
 誰もおまえさんを
 責めたりしていない。 

 よい天気の日に
 美しい景色の中で
 愛おしい人たちと
 幸福な心持ちで
 共にいられたなら
 このうえなく上出来な人生だ
 とは思わないかい?」

と言われました。

空 写真

最近、会社の仕事の多忙さとの
兼ね合いもあって、
週末は休みがちだった私。

週末起業のペースが
スローすぎることを気にして、
自分を責めていました。

生まれてきて、
いま生きているだけで
充分上出来。

残りの人生はゲームとして
遊び倒そう!

そう決めたのに、
遊んでる自分を
反省してるなんて!

仕事も休みも
真剣な遊びごと。

まずは、
お腹の底から
笑いましょう。

花畑 写真

article no. 013

通勤電車を降りて冒険の旅へ出よう!

先日、ON/OFFスイッチの切り替え方について質問を受けました。

私のON/OFFスイッチの切り替え方法は

「川を渡る」です!

私が育った川口も現在住んでいる川崎も、地名が示すとおり大きな川がある街です。学校に行くにも仕事に行くにも、いつも川を渡って向かっていたので、電車で川を渡って都内に入るとONモード、逆に都内から出るとOFFモード、という感覚が、今も昔も変わらずあります。

川を通過するときって、たとえそれが徒歩であろうと車や電車に乗車していようと、禊(みそぎ)的な何か、ある種の浄化の力が働くような気がします。心の内のモヤモヤしたものを水に流して穢れを祓うような感じ。

浅間台 写真

そんな私の日課は、電車で多摩川を渡るときに、多摩川の神様(多摩龍さん)と富士山(センゲンさま)と多摩川浅間神社の御祭神(咲耶姫さま、菊理媛さま、速玉男命さま)とアマテラスさまと亀の甲山古墳に眠る主さんと多摩川台公園の双子のメタセコイヤさんにごあいさつをすることです。

「おはようございます。
 いってまいります。」

「今日も無事に過ごせました。
 いつもありがとうございます。」

という程度の簡単なあいさつなんですが、これを心の中で唱えると、自分の中心にアンカリングできて、一日気持ちよく過ごせます。ぜひお試しあれ。

昨日、仕事で名古屋に出張していたのですが、帰りの新幹線の車窓から富士山が綺麗に見えました。

富士山 写真

その写真を今朝、通勤電車の中で眺めていたら、ちょうど多摩川にさしかかって、晴れてはいたけどガスで霞んで富士山は見えず…でした。冬の間は毎日のように見えていた富士山も、これからの季節は見えない日が多くなります。

姿は見えねどそこに御座しますセンゲンさまをはじめとして、いつものルーティーンの朝のごあいさつを終えて、お社を見ながら「またお休みの日にゆっくりおまいりいたします」とお伝えしたところ、どこからともなく「なんで休みの日? 今行かないの?」というツッコミの声が聞こえてしまいました。

「そう言われてみれば、行けないわけじゃない……よし、行っちゃえ!」と思い、ワタクシ、衝動的に通勤電車を飛び降りて途中下車してしまいました!

いつもあいさつに来てくれるカラスさん(速玉男さん絡みでヤタガラスもご縁がある神社なのです)の歓迎を受け、倭姫のお言葉も思いがけずいただいて、空や新緑を見ながらすっかりリフレッシュできました。

多摩川浅間神社 写真

sun 写真

新緑 写真

烏 写真
この中にカラスが隠れています!見つけられるかな?

時間に余裕をもたせて家を出ていることもあり、仕事にも遅刻せず、贅沢なひとときを過ごすことができました。途中下車の旅、なんだかとっても気分爽快で、いつでもできる小さな冒険としてオススメです!

<おまけ情報>
多摩川浅間神社は安産祈願で有名ですが、実は、私たち夫婦が結婚式を挙げた神社でもあります!(そのうえ、結婚当時に住んでいた家からも、引っ越し後の現在の家からも、鬼門封じになっているという!ありがたや〜) 家族や親しい友人とあたたかい雰囲気の神前挙式を検討されている方は、権禰宜さん含むこちらの神主さんご一家の細やかな心配りに感激すること請け合いです。

結婚式 写真
多摩川浅間神社
〒145-0071 東京都大田区田園調布1-55-12
東急東横線・多摩川線・目黒線・南北線・三田線多摩川駅より徒歩2分
http://sengenjinja.info/annai/index.htm

article no. 012

桜を見ると思い出す

通勤途中に通る道に咲く桜たちが「おいでおいで」してました。

桜 写真

長い冬の間、ひそやかに、しかし、ふつふつと、新たなる生命の息吹をその幹や枝に蓄えて漲らせてきた桜たち。その生命力を爆発的に炸裂させるときがきてよかったね。今年も私たちの目を楽しませてくれてありがとう。

オーラソーマ・カラーケアシステムでは、マジェンタが「日本、そして日本人の質を表す色(チベットも同じ)」と言われますが、ほとんど白く見えるほどの淡い淡い薄桜色にも、私は日本および日本人らしさの一面を強く感じます。国花だから当然か!

ピンク色が表す「無条件の愛」を超越した「愛そのもの」のような。「惜しみなく生きる歓び」と「それ以外の余計なものを全部手放す潔さ」も感じられて。儚くて可憐なんだけど、凛として強い。さふいふ女に私もなりたひ。

今日は桜を見ると思い出す本のことを書こうと思います。

桜の森の満開の下 書影

高校生の頃好きだった作家、坂口安吾の作品『桜の森の満開の下』

安吾の作品には『白痴』『風博士』『堕落論』など面白い作品がたくさんありますが、個人的にいちばん好きなのは『青鬼の褌を洗ふ女』です。

でも、物語や日本語の文体の凄みのある美しさと、色鮮やかに瞼の裏に浮かぶような情景が圧倒的な『桜の森の満開の下』は別格な印象があります。

物語は、鉄のように冷たく残忍な心をもった山賊が、美しくも残酷な女に惚れて、女のために自分でも思いがけないことをしてしまうお話。

叶わぬ恋をして自分を下に置き、相手を喜ばせるために自分が望んでもいないことを繰り返していく山賊の姿が、哀しく、また思い当たるふしもあったりなかったりするような(笑)、いつかの自分の姿を見ているようでもあります。

人を愛すれば愛するほど、己の孤独に直面せざるをえなくなり、終いには、相手を憎んだり、相手に怯えたり、わけがわからなくなってしまう。

そんな山賊の姿は、まるで泣き叫ぶ赤子のようで、その醜態がかえっていとおしくて、そこに「はっ」とさせられるような美を見出します。

中学生の頃大好きだった梶井基次郎の『桜の樹の下には』を読んだときにも桜の花はおそろしく人を不安にさせるもの、という強烈なイメージを抱きました。そして、その樹の根元にある屍体のイメージも!

美しいものってなんだか怖いんです。

洋の東西を問わず神話や古典の中で描かれる美しいものって慕われ憧れられる存在でありながら同時に畏怖の対象でもあるんですよね。

美しいものって、自分の美しさを知りぬいていて、その前にひとりで投げ出された人間は、己の醜悪さや孤独をまざまざと見せつけられてしまうから、おそれおののかずにはいられないのかもしれません。

美しさに魅せられて、精魂尽き果てるまで愛しぬいても、相手の愛が手に入らなければ、狂気の垣根を越えることなんていとも簡単なこと。

これは、冷たすぎて火傷するような性質の孤独に関する物語。美しくてとても痛い。そして、麻薬のような味わいがある(…味わったことないけど!)

以上、uniちゃんによる私的解釈の『桜の森の満開の下』の感想でした。

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article no. 011