【お客様の声】私の状況をズバリ言い当ててました!

毎月月替わりで、ワタクシ unico セレクトのオラクルカードデッキから今のあなたにとって必要なメッセージが unico 直筆のポストカードでご自宅のポストに届く!という今どき稀有な超アナログ(笑)サービス「ことのひとひら(言の一片)」(旧サービス名「月替わり☆オラクルカードメッセージ」)のご感想をいただきました。

post 写真


メッセージカードを頂きました!

心に余裕がなくて、ポストを確認するのも億劫だったのですが、昨日ようやくポストを開けました(^^;)

第一印象は「暖かい絵」 

明るく落ち着いた黄色がいっぱいに広がっていてちょっと心が落ち着きました(^^)

しかし、じっくり読んでみて驚いたのはメッセージの内容!

私の状況をズバリ言い当ててました!

なぜ自分に心の余裕がなかったのか、よく分かっていなかったのですが、メッセージを読んで初めて把握しました(^^;)

自分の代わりに、漠然と感じていたことを言語化してもらった、という感じでしょうか。

現状とゴール、そして今立ち向かっている障害。
この3つを見つめ直すことができました。
ありがとうございました!

K.S.さま・30代・男性


実は、K.S.さまには私が描いた絵で作ったポストカードでメッセージをお届けしたんです。メッセージはもちろんのこと、絵にもぬくもりを感じていただけたようでとてもうれしいです♪

ケツァル ポストカード

メッセージの内容がズバリ!だったとのことですが、オラクルカードってね、本当にそうなんですよ!!!

私自身はK.S.さまの状況はもちろんまったく知りえないわけですが、私の内側にいるスゴイ人(笑)は、すべて知ってるんです。

不思議なように思われるかもしれませんが、すべての生きとし生けるものが、魂の根っこのところではつながっている、と考えると実はとっても当たり前のこと、だとも思います。

oneness 写真

自分の心に余裕がなくなると、どうしても自分で自分のことが見えにくくなりますよね。そんなときこそ、ことのひとひらをぜひご利用ください!

お送りしたメッセージの意味がよくわからない 😥 場合には、安心のメールフォローもありますよ!

➡ 価格表

1ヶ月(1回お届け) 1000円(葉書代、郵便切手代込み)
6ヶ月(6回お届け) 5000円(葉書代、郵便切手代込み)
1年(12回お届け) 8000円(葉書代、郵便切手代込み)

ことのひとひらのご購入はこちら


➡ 毎月先着10名様限定、無料モニター募集中!
メールマガジン読者様限定!
毎月先着10名様に無料でお申し込みを承ります。
1ヶ月につき1人1回までお申し込みいただけます。

♥お申し込みいただくための条件:下記のいずれか
・「お客様の声」として感想をホームページに掲載させてくださる
・  SNSで感想を投稿してくださる

【先着無料枠】ことのひとひらのご購入はこちら

💡 メールマガジンの読者登録がまだの方はこちらからどうぞ♪

※メールマガジン未登録状態でお申し込みいただいた場合は、MANO A MANO にて配信登録を行います。ご了承ください。

article no. 010

名前にまつわるエトセトラ vol.2 〜自分の名前が嫌いでした〜

自分の名前が嫌いでした。
記憶を辿ってみると、おそらく4〜5歳くらいから、ずっと。

いちばんの理由は、正しく読んで(呼んで)もらえないから。

weeping girl 写真

私の本名は「美紀」と書いて「みのり」と読むのですが、見事に100人中100人が「みき」と読み間違えます。

今でこそ、女の子の名前としてよく見かけるようになりましたが、私が子どもだった頃は俳優の寺田農か声優の松島みのりくらいしか知ってる「みのり」はいませんでした。当時好きだった立原えりかの童話にも男の子の名前として登場していたので、子ども心に「なんかかわいくない…」と感じていたんです。

苗字(旧姓)の方もこれまた電話帳に1軒(実家)しか掲載されていない程度の珍しさで、こちらもまあよく読み間違えられ、正しく読めるのは100人中3人くらいだったでしょうか。

そんなこんなで、幼少の頃から自己紹介や出席確認時には常に名前の読み間違いを訂正し続ける人生が幕を開けたのです。

教室 写真

小学生の頃、両親に自分の名前の由来を聞いて作文を書くという国語の宿題が出され、両親が新婚旅行で訪れた紀伊地方が自分の名前の由来だということを知りました。

当時の新婚旅行の定番が熱海や南紀白浜だったというような知識もない子どもだったので、「ハワイとか沖縄じゃないなんてダサい」とか「紀伊国屋はノリノクニヤじゃないのに、なんでミキじゃなくてミノリなの?なんて思ったりして、とにかく、やっぱり好意的に受け取ることができませんでした。

高校生の頃、世界各地の神話や伝説が好きで読み漁っていた中で古代中国について独学で文献調査をしていた時、白川静の『字統』という超絶面白い本に出会いました。

そこで「美」という漢字が「大きい羊」を表す会意文字であるということ、そして、神への生贄の立派さを讃える意味があるということを知り、ギリシャ神話でゼウスに捧げられた黄金羊だったり旧約聖書でエホバの神に捧げられた供物だったりというイメージと直結してしまい、「美しくなるようになんて願っても大抵名前負けするし、親が大事な子どもに付けたら、イサク(アブラハムの息子)の燔祭みたいなことになりそうで不吉」だと思い、ますます自分の名前嫌いが深まっていきました。

アブラハム 写真
Abraham Sacrificing Isaac by Laurent de LA HIRE

そして、名前にまつわるエトセトラ vol.1 〜聖杯伝説への誘い〜にも書いたように大学時代に留学先で自己紹介する時に、「ミノリは収穫(実り)という意味です」という、本来の名前の由来とは異なる伝わりやすい説明をするようになっていったというわけです。

今になって考えてみると、よくぞここまで自分の名前を嫌い続けて自己否定の思考の上塗りをしていたものだ! 😆 とある意味感心してしまうほど(苦笑)。

良くも悪くも思考は現実化するので、20年近く自分の名前に否定的なエネルギーを注ぎ続けた結果、この後、名前にまつわる負の現実化を見事やってのけ、ある事件が勃発するのですがそれはまた次回へとつづきます。

article no. 009

ハートが至福にしたがうとき

ディズニー映画『モアナと伝説の海』を映画館で観てきました。

モアナ 写真

ポリネシアン・トライアングルの先住民たちの神話や伝説の形式を借りて太古からの叡智が散りばめられた少女の冒険の物語。

・自分を信じること
・勇気を出して未知へ踏み出すこと
・ハートにしたがううこと
・仲間を大切にすること
・守られていること
・愛されていること
・あきらめないこと
・やり遂げること

などなど、児童文学としてはありきたりすぎる「英雄の旅」ベースの成長物語なのですが、そのシンプルさゆえに力強くブレがなくただまっすぐにズドーン!と入ってきました。

私たちは愛されているがゆえに愛してくれる誰かの期待についつい応えようとしてしまいます。その愛を失わないために。自分に失望されることを恐れるがゆえに。

でも、心は他の誰かの期待に沿うことを真実望んでいるのでしょうか?

従っていれば安全な居場所にいることができる。その代わり、血湧き肉踊る、魂が震えるような体験を遠ざけてしまったとしても?

その人生の選択の先に、最後に笑って死ねるのだろうか?と自分自身に問う私がいます。誰かの期待に応えることを、自分が挑戦しない言い訳にしてしまってはいないのか?と。

モアナ 写真

それでもこれまでは、年長者や権威者に従うことや家族をはじめ愛する人々のために自分を犠牲にすることが美徳とされてきたかもしれません。

事実、将来の夢があったけれど諦めて、家族のために尽くして働いてきたというような話はゴマンと耳にしてきました。それらの話は一聴すると美談仕立てなのですが、よくよく考えると本当にそうなのかな?と疑問に思います。

だって、もし自分が尽くしてもらう立場だとしたら、愛する相手に自分のために夢を諦めないでほしいと願うでしょうし、逆に自分が夢を諦める立場だとしたら、自分で自分を幸せにすることを放棄しているだけなのに大切な人たちの愛をすり替えて利用しているような気がしてしまうから。

もう、誰かに犠牲を強いて、その上に成り立つそこそこの幸せをよし、とする時代はとっくに終わっているのだと思います。

ハートが至福にしたがっている時、それは使命を実行しているのと同時に本当の意味で生命につながって=生きています。

どうせ生きるなら、死んだように生きたくはない!

そんな強い想いを抱く人たちが増えてきているのではないでしょうか。

『モアナ…』と同時上映されていた『インナー・ワーキングス』というショートフィルムがあるのですが、こちらも、上記のテーマを『モアナ…』同様にそのまま伝えてくれていました。

インナー・ワーキングス 画像   Leo Matsuda 公式HPより

ある意味、同じメッセージを一度に2本の映画で伝えているのでくどいといえなくもない(笑)んですが「重要なことは2回言え!」という鉄則に従っているともいえますね。

というわけで、私ももう一度(笑)

死んだように生きたくはない!

どうせいつかは死ぬのなら、禁止事項だらけの中、消去法でかろうじて残った単調で安全な選択肢より、顔をしかめられようが、笑い者にされようが、失敗しようが気にせずに「やってみたい!」と心から感じることに素直に従う方が、喜びがほとばしる色鮮やかな人生を送ることができるのではないでしょうか。

そして、ここがいちばん肝心ですが、愛する人たちを愛したままで、そしてもちろん愛されたままで、そんな人生を送ることは可能です。

私たちは愛を失うことを怖れるあまり、わざと愛を過小評価しようとしてきたのかもしれません。でも、もう怖がるのはおしまいにしていいんだよ、と私はあなたに、そして自分にも許可を与えたいと思います。

人生は、観て感動するものではなく、現実に生きて体験するもの。
街へ出て、人に会おう!
行動して、体験しよう!

理性ではなく至福にしたがおう!
Follow your bliss!

sparkle  写真
article no. 008

名前にまつわるエトセトラ vol.1 〜聖杯伝説への誘い〜

昨日今日と、街を行き交う袴姿の華やいだ雰囲気の美しい女性たちをたくさん見かけました。都心でも桜の開花が宣言され、卒園・卒業の季節を迎えていますねー。この春、卒園・卒業されるみなさん、ご家族のみなさん、おめでとうございます!

桜 写真

4月から年長さんになる息子が、卒園するお兄さん・お姉さんのためにお友達と練習しているという歌を、お風呂で聞かせてくれました。

携帯CMソングにもなっている「ありがとう、さようなら」や、くれよんしんちゃんの映画主題歌「友よ〜この先もずっと…」など、私自身は知らなかった曲ばかりですが、すてきな歌詞に感動しつつ、そんなむつかしい歌詞を覚えて歌えるようになった息子の成長に、思わず涙腺が緩みます。

 

卒業といえば、子どもの頃から『はいからさんが通る』(年がバレますね)の紅緒さんのような袴姿で式に参列することに憧れていました。でも、中学高校は制服のブレザー&キルトスカートだったし、イギリスの大学に進学したため、袴コスプレ(笑)に袖を通す機会には恵まれない学生時代でした。今思うと少し残念な気持ちで、街を闊歩するはいからさんたちを憧れと羨望の眼差しで見つめています。

そういえば、イギリス留学時代に自己紹介で自分の名前の意味について尋ねられ、英語で説明する際に困ることがありました。

というのも、私の本名は美紀と書いてみのりと読むのですが、両親が新婚旅行で行った紀伊地方が私の名前の由来だったからです。

円月島 写真

出典:リゾートホテル ラフォーレ南紀白浜

「私の名前は“美しい紀伊地方”という意味です」と伝えて紀伊地方の説明などできたらよかったのですが、18歳の私は紀伊地方についての知識がほとんどなかったこともあり、あまり深く考えずにわかりやすいという理由だけで「Minori means harvest in Japanese.」と答えていました。<ダメじゃん!(笑)

ある日、それを聞いていた日本人留学生から「ミノリの漢字は収穫の実りじゃないのに、どうして?」と、ごく自然に指摘され、「はっ!」となりました。

面倒くさいとかいい加減とか、ましてや嘘偽りなんていうつもりもなく、でもよく考えると(いや、考えなくても、笑)かなりいい加減な説明をしていたなーと、自分でもおののきました。

確かに、美紀のみのりは収穫のみのりではありません。でも収穫の意味の「実り」という言葉を聞くたびに、ごく自然に自分の名前を呼ばれている感覚が、幼い時分から常にあったのも事実だったんです。

収穫 写真

それが言霊や音霊の影響であったということを知ったのは、それからずーっと後のお話になります。

今思うと、あの時、日本人留学生が投げかけてくれた素朴な疑問のおかげで、名前に端を発する私の「行動する自己探求の旅(それはまるで聖杯伝説のようなかけがえのない宝物を手に入れる物語でもあります)」が始まったように思います。

自分自身を思い出すための「鍵」でもある名前について語らせたら、私以上に暑苦しく語れる人はそういない!というくらい思い入れがあるテーマなので、次回に続きまーす!

article no. 007

このままでは死ねない!

昨日の夜、眠りにつきながら、唐突に「このままでは死ねない!」という感情が爆発しました。消灯して目を閉じていた瞼の裏に、鋭角の稲妻の閃光が走ったほどです。

「私は、もうこんなに長く生きているのに、まだ為すべきことを成していない!」という気持ちが強く湧いて眠れなくなりました。

稲妻 写真

もう何年も前から「べき・すべき」は、可能な限り手放そうと試みていて、常識や道徳や社会通念からくる「べき・すべき」からだいぶ自由になりつつあるという自負はあるんです。

でも、この「為すべきこと」はそういう類の「べき」ではありません。生まれる前に決めてきた神様との約束であり、自分自身との約束という感覚です。

そしてそれを果たせていない。。。

そんなヒリヒリした感覚で書いていたら、実際に右手や左足がヒリヒリしてきました。心と身体ってつながってるんだっていうことが我ながらとてもわかりやすい素直な身体です!(笑)

焦燥感 写真

思い返すと、過去にこのような足の裏がジリジリするほどの焦燥感を味わった体験が2度ありました。

1度目は最初のメンターと出会い、世界を見つめる私の目のレンズをかけかえた時。

2度目は突発性難聴に始まり、様々な体の部位に移動して勃発し続ける原因不明の症状と薬の副作用に苦しんでいた時期に受けたドクハラにブチ切れた時。

どちらも、私のターニングポイントといえるような大きな変化のきっかけだったので、今回も大きな変化の前兆のような気がしています。

ただひとつ言えるのは、この焦燥感とともに駆け出したら転ぶ(笑)。

焦らず急げ。ということです。
そして、守られているがゆえに止められる。
だから、急がば回れ。でもある。

なんとなく、鍛えられそうな予感がして、楽じゃないなー(笑)。

でも、自分自身をごまかせないことは自分がいちばんよくわかっているので、泥臭く行きます。

何はともあれ足を前に出す時なのだと思います。
右足を出したら、左足が出て、歩行が続いてゆくのだから。

そんなスタートを切った春分の日でした。

はじめの一歩 写真

article no. 006